大判例

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名古屋地方裁判所 昭和57年(ワ)514号 判決

原告

株式会社ジャックス

右代表者

河村友三

右訴訟代理人

小島賢蔵

二村満

被告

中村浩行

右訴訟代理人

小島髙志

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金三七万九六八二円及びこれに対する昭和五六年一二月二三日から完済に至る迄日歩八銭の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、昭和五六年九月二〇日、訴外株式会社インターナショナルコンプリヘンション(以下、訴外会社という)との間で書籍等(以下、本件書籍等という)を三七万七五〇〇円で買いうける契約(以下、本件売買契約という)を締結した。

2  被告はその際、意思表示の受領につき、原告を代行する権限を有する訴外会社を通じて、原告に対し本件売買契約の代金の立替払契約の申込をなし、原告はこれを承諾し、左記の立替払契約(以下、本件立替払契約という)が成立した。

(1) 原告は、被告が訴外会社に対して支払うべき本件売買契約の代金三七万七五〇〇円のうち、既に被告が支払つた七五〇〇円を除いた金三七万円を訴外会社に立替払する。

(2) 被告は、原告に対し右立替払金三七万円及び分割手数料一一万六一八〇円の合計金四八万六一八〇円を昭和五六年一〇月三〇日一万三六八〇円、同年一一月三〇日から同五九年九月三〇日まで毎月三〇日限り一万三五〇〇円宛分割弁済する。

(3) 被告が右弁済を一回でも遅滞し、原告から催告到達の日から二〇日以内に支払うようにとの催告を受けたにも拘らず、その期間内に支払わなかつたときは期限の利益を失い、残金を即時支払う。

(4) 遅延損害金は、日歩八銭の割合とする。

3  原告は、昭和五六年九月二五日、三七万円を訴外会社に対し立替払した。

4  被告は、原告に対し全く弁済をしないので、原告は被告に対し、昭和五六年一二月二日到達の書面で同年一一月三〇日までの遅滞分二万七一八〇円を同年一二月二二日までに支払うよう催告したが、被告はその支払をしなかつた。

5  よつて原告は被告に対し、四八万六一八〇円から昭和五六年一二月分以降の未分割手数料一〇万六四九八円を控除した金三七万九六八二円及びこれに対する昭和五六年一二月二三日から完済に至る迄日歩八銭の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の事実は否認する。

2  請求原因3の事実は不知。

3  請求原因4の事実は認める。

4  請求原因5は争う。

三  抗弁

1  本件売買契約及び本件立替払契約は、次のとおり被告の錯誤により締結されたもので無効である。

(1) 被告は、本件売買契約は、海外旅行へ格安の費用で行ける会の会員となる旨の契約であり、又、本件立替払契約はその会費の立替払のための契約であると誤信していた。

(2) 被告は、本件各契約締結当時訴外会社の従業員であつた訴外佐藤清子に対し、将来海外旅行に行きたいから会員になる旨述べて本件各契約を締結しており、訴外会社との契約が書籍等の売買契約であることを認識しておればその契約を締結しなかつたし、従つてその代金の立替払契約を締結することもなかつた。

2  本件契約には、いわゆるクーリングオフ条項があり、被告は右条項に従い契約を解除する旨の意思表示を、原告に対して昭和五六年九月二二日頃到達の葉書にてなした。

3  被告は、昭和五六年九月二三日頃原告に到達した葉書で、本件売買契約を解除する旨の意思表示をなし、さらに、同年一〇月中旬ころ原告に対し本件売買の目的物である書籍を返送し、これにより本件立替払契約を解除する旨意思表示をしたのに対し、原告は何の返答もせず、黙示の承諾をした。

四  抗弁に対する認否

すべて否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因について

1  請求原因4の事実は、当事者間に争いがない。

2  本件立替払契約の成立について

〈証拠〉を総合すると、昭和五六年九月二〇日、被告と訴外会社との間に「新女性百科」と題する書籍等について代金三七万七五〇〇円で売買契約が成立した事実、その際訴外会社といわゆるローン提携している原告が右代金を訴外会社に対し、立替払いし、その後被告が原告に右立替払金等を分割弁済していく方法が採られることになり、そこで被告は右提携により購入者の立替払契約申込の意思表示受領につき代行権限を有する訴外会社に対し、右申込の意思表示をなし、原告は翌九月二一日電話によつて被告の意思確認等の手続を経た後、右申込に対して承諾の意思表示をして本件立替払契約が成立した事実が認められる。

3  弁論の全趣旨を総合すれば、原告は昭和五六年九月二五日ころ、訴外会社に対し本件売買代金三七万円を立替払した事実が認められる。

4  従つて、本件売買契約及び本件立替払契約は成立したものと言うことができる。

二抗弁1(錯誤)について

1  先ず、被告が本件売買契約を締結するにいたつた動機であるが、〈証拠〉によれば、被告は佐藤清子の「海外旅行に行きたくないか。会員になれば安く行ける。」との勧誘をうけたことが本件売買に関心をもつ最初のきつかけになつた事実、契約成立まで終始海外旅行に安く行ける会員となる点に本件売買契約の主たる意味があると考えており、前記書籍を購入するつもりはなかつたこと、従つて、本件売買契約締結には被告においてその動機に錯誤があつたと認められる。

2  そして、〈証拠〉によれば、被告は昭和五六年九月二〇日訴外会社名古屋支社において右佐藤と面談交渉した過程においても専ら海外旅行に関する事項についての発言を繰り返し、自己の主たる関心が海外旅行にあることを表示し、右佐藤も被告のそのような気持を承知の上、むしろこれを利用して本件売買契約を成立させるにいたつた事実が認められるのであつて、〈証拠〉によれば、右佐藤が被告に対し海外旅行の話の他に書籍やカセットを示し、その販売のための交渉であることを説明した事実は認められるが、〈証拠〉によれば、その説明は被告の錯覚を解きただす程明確にはなされておらず、原告会社担当者からの電話による意思確認の際にさえ、被告が「旅行の会員ではないか。」と問うたのに対し、同担当者は「ええそうですよ。」と答えたことが認められるのである。

3  以上によれば、佐藤は本件売買契約を結ぶについて、被告の動機の点に錯誤のあることを認識していたというべく、かつ、被告が本件売買が書籍・カセット等の販売を主眼とするものであつて海外旅行は副次的なものにすぎないことを事前に知れば、右契約を締結しなかつたであろうことは容易に推認できるところである。とすれば、本件売買契約は被告の意思表示の重要部分に錯誤があつて無効であると言わざるを得ない。

4  ところで、本件立替払契約が、本件売買契約の代金の立替払を内容とする契約であることは前記のとおりであるが、一般的に信販会社との立替払契約は消費者が特定の販売店から商品を購入した場合に信販会社が消費者に代つて販売店に代金を一括して支払い、その後消費者から商品代金に手数料を加算した額を分割して受領する契約であるから、通常は有効な売買契約の存在を前提とするものであり、加えて、本件立替払契約においては被告からの申込の受領はすべて訴外会社をその代行者としてなされた他、〈証拠〉によれば、本件売買契約書には、この売買契約と本件立替払契約を一体として三者による契約であるとする旨の条項や右売買の目的物たる商品の所有権は、立替金の完済まで原告に留保される旨の条項が存する事実が認められる等二つの契約は経済的には緊密一体の関係にあるのみならず、法的にも密接に関連していることがうかがわれ、更に、この種の契約においては信販会社、消費者のいずれもがその前提となる売買契約が効力を生じない以上は、立替払契約を締結しないのが通常であつて、後者の契約のみを存続させることは、少くとも消費者である被告にとつては全く無意味であることからすると、売買契約における前記のような被告の動機は、その支払手段である立替払契約においても同契約の要素となるものと解すべきである。

とすれば、本件売買契約における被告の錯誤は本件立替払契約の要素にも錯誤があることに帰すると言うべく、従つて本件立替払契約も無効である。

三結論

以上のとおりであるから、被告主張にかかるその余の抗弁について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。よつてこれを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。 (宮本増)

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